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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)191号 判決 1953年10月27日

山形県南村山郡上山町二日町二〇八番地

上告人

鈴木政美

右訴訟代理人弁護士

松浦松次郎

同県東村山郡山辺町大字山辺字楯三〇番地

被上告人

斎藤秀

右当事者間の売買契約不存在確認等請求事件について、仙台高等裁判所が昭和二六年一二月二八日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由について。

上告人は本件不動産につき売買契約が存在しないとの確認を請求するというのであるけれども、単なる事実の存否の確認を求める訴は、書面成立の真否の如き特に明文ある場合の外民事訴訟法の認めないところである。それ故本件は法律関係の確認、結局本件不動産の所有権が上告人(原告)に存し被上告人(被告)に存せざることの確認を求めた趣旨と解して始めて同法の認める訴となるのであり、原審も右の如く解して判断したのである。そして原審は右所有権は上告人になくして被上告人にありと判定して上告人の請求を排斥したのであるから、所論のように当事者の申立てない事項につき裁判したものとはいえない。右の判断に到達する過程において原審の認定と当事者の主張との間に所論の如き差異ありとするもこれを以て違法とするに足りない。

其の他の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二七年(オ)第一九一号

上告人 鈴木政美

被上告人 斎藤秀

上告代理人松浦松次郎の上告理由

第一点 原審裁判は民事訴訟法第百八十六条に違背して当事者の申立てざる事項につき、判決をなしたる違法あるものと信ずる。

則ち上告人は、昭和二十三年十月二十日の第一審口頭弁論に於て「原告代理人は訴状に基いて請求の趣旨並びに原因を陳述した」旨の記載の通り訴状請求原因第三項記載の事実「原告は被告と本件不動産売買契約をなして居ないから、茲に其の不存在の確認を求め、且つ前記仮登記仮処分の仮登記の抹消を求めるため、本訴に及んだ次第である」云々を申立てたのである。又被上告人は同二十四年三月十八日の口頭弁論に於て「被告代理人は本日附準備書面に基いて陳述し」云々と記載の通り同日附、被上告人代理人の提出した準備書面「一、原告は(被告の誤記ならん)昭和二十一年七月十二、三日頃(確か日は失念した)訴外鈴木松平、大木鶴松の仲介で、本件不動産を代金五万三千円で原告から買受け、且つ居住者を立退かせた時金千円を支払する契約をした。二、右交渉は原告の代人訴外稲毛庄右エ門としたもので、契約成立と同時に現金一万円と小切手弐通(額面二万円のもの壱通、同二万三千のもの壱通)合計四万三千円を振出し、総計金五万三千円の支払に充てたのである以下省略」云々と申立てたのであり、更に被上告人代理人は昭和二十五年五月二十六日の同審口頭弁論に於て「被告訴訟代理人は裁判長の問に対し、被告は訴外稲毛庄右エ門が原告の代理人であると主張するものであるが、若し代理権がなかつたとしても、稲毛は右契約の際登記申請の代理権があり、且つそれに必要である原告の委任状及び登記済証書を所持していたので原告の代理人と信ずるに足る正当な事由があつたものである。尚、主張が認められないとしても、原告は右契約の翌日頃、稲毛と被告宅に同道し、曩に被告から稲毛に交付しておいた小切手を持参し、被告から捺印を貰つて受領しているので、其の際追認したものと謂う事が出来る。又右原告釈明事実については争はないと陳述した。原告代理人は右被告の主張事実は否認すると述べ」云々と述べ、且つ当事者双方共第一、二審各判決中事実摘示の通り、同一趣旨の主張をしているのである。

此の事実要約すれば、上告人は本件物件を被上告人に対し、売買の契約をなしたることはないと主張し、被上告人は上告人の代理人訴外稲毛庄右エ門と本件物件の買受け契約をしたと主張するのである。

然るに、原審判決理由中「以上認定の事実関係に徴すると本件係争の宅地及び建物は控訴人(上告人)から稲毛に稲毛から被控訴人(被上告人)に順次売渡されたものであるが、稲毛の控訴人(上告人)に対する代金支払が未了で、登記簿上は依然控訴人(上告人)の所有名義のまゝであつたので、控訴人(上告人)は稲毛が控訴人(上告人)に対して支払うべき残代金調達のために更に右不動産を転売することを予め期し、その際には中間登記を省略して控訴人(上告人)から直接転買人に所有権移転登記をさせる趣旨で日附及び買主の表示を空白とした控訴人(上告人)名義の前記売渡証及び所有権移転登記に関する委任状を登記済証と共に稲毛に交付したものであり、従つて稲毛から右宅地及び建物を買受けたものが右売渡証及び委任状に日附と自己の氏名を補充した上、控訴人(上告人)との直接売買を原因として、所有権移転登記をすることは控訴人(上告人)の予め承認していたところであると認めざるを得ない」云々と説示し、以て上告人が主張し来つた上告人と被上告人間の本件不動産売買契約の不存在を肯定し、更に被上告人が主張し来つた前記当事者間の売買契約の存在を否認したのであるから原審は当然に上告人が第一審以来求める処の請求趣旨記載の「原告から被告に別紙目録記載の宅地、建物を売渡す旨の昭和二十一年十二月十日附売買契約の存在しないことを確認する」旨の裁判をしなければならないものであると信ず。

る。

然るに原審は、事ここに出でずして却つて当事者双方共主張したことのない上告人と訴外稲毛庄右エ門との間及び訴外稲毛庄右エ門と被上告人間との各本件不動産売買契約の事実並びに右三者間に於ける各中間登記省略承諾の事実を捉えて「中略、ところで被控訴人(被上告人)は稲毛が控訴人(上告人)の代理人として本件宅地及び建物を被控訴人(被上告人)に売渡す契約をしたと主張するのであつて、この主張と当裁判所の上記認定とは一致しないところであるが、しかし前認定のように、稲毛が被控訴人(被上告人)との間に被控訴人(被上告人)に対する所有権移転登記は予め控訴人(上告人)が承諾したところに基いて控訴人(上告人)と被控訴人(被上告人)との直接売買を原因として、これをすることを約したところからみれば、少くとも登記手続の面においては稲毛が当初から控訴人(上告人)の代理人として適法な代理権に基き被控訴人(被上告人)と売買契約をしたと同様の関係に帰着するものと云うことが出来る。以上認定のような次第で、係争宅地及び建物の所有権が被控訴人(被上告人)に帰したものと認め得る以上……控訴人(上告人)の本件請求を排斥した原判決はその結論において正当であり、本件控訴は結局理由がない」云々と判断せられたことは、当に民事訴訟法第百八十六条に違背して当事者の申立てない事項につき、判決をなした違法があるものといわなければならない。

或は曰わん。右は被上告人の申立てない事実に基き、上告人に不利益の裁判をしたものでなく、被上告人の主張に係る基本事実の経過を其の主張事実と異つて認定したものであるから、前記法条の違背はない。と

乍然、本件当事者の基本たる事実の主張は、当事者間に本件不動産売買契約が存在したか否かという点であつて、本件不動産の所有権の帰属とか中間登記省略の移転登記の承諾の有無とかを争つているのでもなければ、又此の二個の事実を前提としなければ当事間の売買契約の存否の確認が出来ないという連鎖もないのであるから、原審裁判は被上告人の申立てない全然別個の新たな事実を基礎として上告人に不利益の判断をしたものであると考える。

第二点 原審は裁判の結果につき重大な影響を及ぼすべき事実につき、証拠に基かずして判断をした違法がある。

則ち本件に於て最も重要な事実は、被上告人が第一審裁判に於て、昭和二十四年三月十八日附、準備書面記載中「二、右交渉は原告の代人訴外稲毛庄右エ門としたもので、契約成立と同時に現金一万円と小切手弐通(額面二万円のもの壱通同二万三千円のもの壱通)合計四万三千円を振出し、総計金五万三千円の支払に充てたのである。右は現金と小切手は原告の代人稲毛に交付したもので、右稲毛の手を通じて同日甲第一号証乃至同三号証を受領したのである。三、但、右は上山町鈴木松平方(仲介人)で行われたもので、会々被告が実印を所持しなかつたので、小切手は山辺町の渡辺三右エ門方に持参する様其の時捺印すると申聞け、了解を得、翌日頃、原告鈴木稲毛同道して右渡辺三右エ門方に被告を訪ねて来て被告が右小切手に捺印したものである。(以下省略)」云々の事実を主張し、更に乙第四号証を提出したのである。

果して上告人が右小切手弐通を受領し、これを決済したものであれば、原審判示の如く「特段の事情の認められない限り、稲毛の控訴人(上告人)に対する売買代金債務は履行済と認めるべきである。従つて仮りに控訴人(上告人)がその主張の頃、稲毛の代金債務不履行を理由として、同人との売買契約を解除する旨の意思表示をしても、その効はないものといわなければならない。また控訴人(上告人)主張のように(稲毛に対する所有権確認の訴において稲毛が控訴人(上告人)の請求を認諾したとしても、その効力が被控訴人(被上告人)に及ぶものでないことはいうまでもない」云々と説示せられることも誠に当然である。

此の点に関して原審が「……そしてその翌々日頃、控訴人(上告人)と稲毛の両名は、右小切手弐通を持つて東村山郡山辺町の渡辺三右エ門方に被控訴人(被上告人)を訪ね、右小切手に被控訴人(被上告人)の捺印を得たのであるが(甲第五号証の一、二)右小切手はその後間もなく、控訴人(上告人)及び両羽無尽株式会社上山出張所、株式会社両羽銀行上山支店の裏書を経て決済された」云々と判示され、以て上告人が右小切手弐通を処分決済した旨を認定されたのである。然れども、原審が挙示する証拠によれば、上告人が右小切手弐通を裏書により、処分決済した事実は毫も証明されていないのみならず、其の挙示する甲第五号証の一、二に就ては第一審昭和二十四年九月三十日の口頭弁論に於て同証裏面に記載された七月十六日鈴木政美の文字並びにその名下の印影を除いて立証に供しているのであつて、此の事実は上告人が右小切手を行使しなかつた事を証するものである。況んや、第一審証人稲毛庄右エ門の昭和二十四年九月三十日の口頭弁論期日に於ける供述中「一、小切手の裏面に「七月十六日鈴木政美」と記入され、押印してありますが、私が被告より小切手を受取つたときは白紙でありましたが、私が大木鶴松へ頼んで一割を損するから書いてくれといつて渡したのです」云云と同じく同日、同口頭弁論期日に於ける原告本人鈴木政美の供述中「甲第五号証の一、二を示した一、御示しの小切手は全然知りませんし、裏面の「七月十六日鈴木政美」なる文字も私が書いたものでなく、印も違つております」云々に徴すれば、右事実は一層明白であると考えられるのである。殊に乙第四号証は、右小切手二通共裏書受取人鈴木政美両羽無尽株式会社上山出張所株式会社両羽銀行上山支店と記載ある事実を証するに不過して何人が裏書人であるか、何人が受取人であるか詳でない。のみならず、其各人孰れもが真実に署名したものであるかどうかも証明されていないのである。

果して然りとせば尠くとも、上告人が右小切手二通を行使し、決済を為した事実、換言すれば上告人が右小切手を裏書譲渡した何等の証明もないのに不拘、原審は漫然「右小切手はその後間もなく控訴人(上告人)及び両羽無尽株式会社上山出張所、株式会社両羽銀行上山支店の裏書を経て決済された」云々と認定されたのは裁判の結果に重要な影響を及ぼすべき事実につき、証拠に基かずに判断をした違法があると信ずるのである。

第三点 原審裁判は理由不備、若しくは審理不尽の違法がある。

(一) 原審判決理由中「以上認定のような次第で、係争宅地及び建物の所有権が被控訴人(被上告人)に帰したものと認め得る以上、前記仮登記の原因とされたところが、日時その他の点において実際の売買契約と一致しない点があるにしても、控訴人(上告人)においてその無効確認を求める法律上の利益はないものというべきであり……右仮登記の抹消を求めることは許されないものといはなければならない」と説示し、又係争宅地及び建物の所有権が被控訴人(被上告人)に帰した事実としては「控訴人(上告人)から稲毛に、稲毛から被控訴人(被上告人)に、順次売渡されたものであるが」云々と原審は認定したのである。乍然、被上告人は第一審以来本件係争の宅地及び建物は上告人から買受けたものであると主張し、訴外稲毛庄右エ門から買受けた事実は、これを否定しているのである。果して然らば、被上告人は訴外稲毛庄エ門からこれを譲受けた意思表示をしていないのであるから、物権取得の効果は発生していない筋合であるに不拘、原審は民法第百七十六条の法則を無視して何等の理由を付せず、漫然被上告人の所有権取得を是認したのは違法である。

(二) 殊に本件不動産は、現在上告人の所有として登記簿上登記されている事は当事者間に争いのない事実であり、又本件不動産は上告人と被上告人との間に於て売買契約が存在せざる事実を認定した原審判決は「控訴人(上告人)においてその無効確認を求める法律上の利益はないものである」云々と説示し、以て上告人が被上告人に対して求めた当事者間の契約に基く所有権移転請求権保全の為めの仮登記仮処分命令に因る仮登記抹消を漫然と斥け、法律上の利益のない理由を説示しないのは是又理由不備の裁判であると考えられる。

第四点 原審裁判は中間省略登記の法則を誤認した違法の裁判である。

(一) 元来、中間省略登記とは有効な不動産売買契約の存在を前提として、更に同一物件に対する第二次売買契約又は其の後の売買契約が逓次成立した場合に第一次売主より順次最終の売主まで、各売主が所有権移転登記を最初の売主より最後の買主のためにこれをなし以て、中間の所有権移転登記を省略する約束を前提するものであつて、第一次売買契約の成立を否定され、則ち本件の如く、被上告人は上告人と訴外稲毛庄右エ門との間の不動産売買契約を否認し、却て上告人と被上告人との間の右売買契約を主張し来つた場合に於て、仮令、原審は本件不動産の最終売買が被上告人及び訴外稲毛庄右エ門間に成立したりと認定せられても、第一次不動産の売買契約が存在しない筋合である。従つて、原審が説示する「少くとも登記手続の面においては稲毛が当初から控訴人(上告人)の代理人として適法な代理権に基き、被控訴人(被上告人)と売買契約をしたと同様の関係に帰着するということが出来る」云々との結論には到達しないのであつて、右は中間登記省略の法則を誤認したものであると言わなければならないと考えられるのである。

(二) 更に原審は「即ち控訴人(上告人)は前示のように、昭和二十一年六月十二日頃、稲毛庄右エ門に対して……その金策のために控訴人(上告人)を売渡人とする売渡証(乙第一号証)及び右不動産の所有権移転登記に要する控訴人(上告人)名義の委任状(乙第二号証)をいずれも日附及び買主の氏名を記載しないで、右不動産の登記済証(乙第三号証)と共に稲毛に交付した)云々と説示しながら、其の後段に於て控訴人(上告人)は稲毛が控訴人に対して支払うべき残代金調達のために、更に右不動産を転売することを予期し、その際には中間登記を省略して控訴人から直接転買人に所有権移転登記をさせる趣旨で、日附及び買主の表示を空白とした控訴人(上告人)名義の前記売渡証書及び所有権移転登記に関する委任状を登記済証と共に稲毛に交付したものであり、従つて、稲毛から右宅地及び建物を買受けた者が右売渡証及び委任状に日附と自己の氏名を補充した上、控訴人(上告人)との直接売買を原因として所有権移転登記をすることは、控訴人(上告人)の予め承認していたところであると認めざるを得ない」云々と判断したのは理由不備か、中間登記省略の法則を誤つた裁判であると考えられる。

即ち叙上の各書類を控訴人(上告人)が金策のため、訴外稲毛庄右エ門に交付することは独り転売を手段とする場合のみに限らないのであつて、或は稲毛は是等の書類を金融者に示して自己の資産と資力を証し、半面返済能力を表明し以て金融者に安心感を懐かせて金融を受ける手段もあり、或は之等の書類を金融者に託して金融を受け、然る後自己の名義に所有権移転登記をなすと共に、抵当権を設定する場合もあり、其の他種々の金融手段を講ずる方法も存するのであるから原審判断の如く、中間登記省略の上、他人に転買するの趣旨なりと解せんとせば、其の特段の理由を証明しなければならない筋合であつて、事此の挙に出でない原審裁判は理由不備か審理不尽の違法があるか、或は又、上告人が是等の書類を稲毛庄右エ門に交付するに当り、予め中間登記省略の承諾を与えざりしに不拘、漫然「予め承諾していたところであると認めざるを得ない」と論断したのは其の証明を欠くものであり、採証の法則に反するものと信ずるのである。

以上

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